密愛

私の名はミフン。30歳。大学卒業の年に結婚して8年が経つ。夫は出版社を経
営し、私は家事と小学生の娘スジンの世話で毎日を過ごしていた。平凡で穏や
かな幸せに満ちたこの日々がずっと続くはずだった。あの日、あの女が家に来
るまでは。クリスマス・イヴの夜に現れた、まだ幼さの残る酔っ払ったその女
は、「あなた」と私の夫を呼んでしなだれかかり、2人がいかに愛し合ってき
たかを私に向かって早口でまくしたてた。それから私は殴り倒された──肉体
的にも精神的にも。
「彼はね、私の絶頂の瞬間を一生忘れないって言ったわ!」
半年後、私たちはソウルから半島の南端に引っ越した。山に囲まれ、近くには
湖もあり、田んぼが広がる村のはずれ、白いフェンスで囲まれた一軒家。あれ
から夫は腫れ物に触るように私に接している。でも私は何も感じない。何を見
ても、何をしても、何の実感も湧かないのだ。頻繁に襲う頭痛も私を苦しめ
る。時折、涙が頬をつたう。あの日、私と私の8年間が一瞬にして否定された
のだ。たった半年で立ち直れるはずがない。
 
でも、間もなく、あの人に出会った。町の小さな個人病院で医者をしていて、
うちの裏手に一人で住んでいる。頭痛をおさえる薬をもらいに行った時、彼は
言った。
「ゲームをしませんか? 夏が終わるまでの4カ月間、恋人になったつもりで
過ごすんです。ルールは1つ。相手に『愛している』と言ったほうが負け。ゲ
ームもそれで終わり」
台風の大雨が降りはじめた日、彼、インギュがうちの外に車を止めていた。私
は思わず外に飛び出して彼の車を追い、私たちはホテルへ向かう。外はどしゃ
降りの雨だけど、2人だけの暖かな部屋の中で彼に全身を愛され、私の中の何
かがゆっくりと、やがて激しく目覚めて行く。
 「君は自分の魅力に気づいていない。君はすごい。吸い込まれそうだ」
彼との他愛のないお喋りに、私は久しぶりに声を上げて笑った。そして私たち
はもう1度、愛を交わし合う。その時、私の人生にふたたび光が射し込んだ。
家にいれば彼からの電話を心待ちにし、外に出れば彼の姿を探してしまう。
「ゲーム」だと自分に言い聞かせても、思うのは彼のことだけ。彼が時々見せ
る冷たい態度や言葉に心が揺り戻されるけれど、次に会うと彼は前にも増して
私を強く求めてくる。「想像できないだろう。僕がゲームに負けないようどれ
だけ努力しているか」やがて私たちの噂が村中に広がる。姉の法事で実家に帰
った私に彼が会いに来てくれた夜、初めて一緒に朝まで過ごす夜、人生最後の
日は何をして過ごすか彼に聞かれ、「洗濯をして冷蔵庫の整理をして、美容院
で生まれて初めておまかせしますと言ってみる。スジンが大人になった時に読
む手紙を書いて、それからピザを食べて──」と、思いつくままに答える。そ
の時、彼は真剣な眼差しで口を挟んだ。「僕は? 最後の日の何時に僕に会
う?」「人生最後の日は、朝から夜まで君と過ごす」
彼はそう言ってくれた。私が何よりも聞きたかった言葉。そして、2人がどれ
ほど遠くまで来てしまったか、私たちは、その時、悟る。もう終わりにしなく
てはいけない。そうしなければ2人とも破滅してしまう。だけど……。